春照の観音さま
お元気でいらっしゃいますか。
ご無沙汰しています。

昨年 1月の終わりに連れ合いが、6月には義母が、それぞれ整形外科で手術を受けました。
義母は まだ歩くのがやっとの状態ですが、おかげさまで痛みも治まってきて 漸く落ち着いてきました。
***
今日は、ちょっとひと休み
滋賀県米原市春照(まいばらし すいじょう)の大平(おおひら)観音堂へ伺ったお話です。
昨年の初夏の事で また長々と申し訳ありませんが、よろしくおつきあいください。
長らくブログをお休みをしていた間、行って帰るだけのドライブに出掛ける事が何度かありました。
名神高速道路を東に走ると、空に近く すっと走る伊吹山の稜線が見えて来ます。

その日は、以前から行ってみたかったところに予約をしていて、約束の時間までは少し間がありました。
それで いつも高速道路から眺めるだけだった伊吹山の山頂付近まで 伊吹山ドライブウェイを通って行ってみる事にしました。
山頂の草原が 増え過ぎた鹿に食べられて保水力が弱くなった上に、山の下の方では土砂が溜まりやすい形状になっているそうで、
昨年の長い夏には 雨で崩れた土砂が、ふもとまで流れ込んでしまったのだそうです。
こうして見ると かわいいのですが…
ニュースで 土石流が何度もあったと知りました。
初めて出掛けた時は まだ6月でしたので、後にそんな被害が起こるとは思ってもみませんでした。
6月の伊吹山。遠目にも剥き出しの山肌が見えています。

伊吹山ドライブウェイを通ります。曇りの日でした。
この日は、ふもとの 大平観音堂 (おおひら かんのんどう) に予約をしていました。
***
春照(すいじょう) という美しい名前のところで 大切にお祀りされている十一面観音立像は、58歳の円空が一本の桜の木から一日で彫り上げたと伝えられる仏さまです。
素朴で穏やかな笑みを湛えた観音さまでした。
円空は 12万体の仏像を彫るとの決意で 各地を行脚したと伝えられています。
大平観音堂へ行ってみますと、観音さまを大切に守っておられるご近所の方が待っていてくださって丁寧に説明をしてくださいました。

桜の大木から切り出して彫られた観音さまは、180cm余りの高さがあり、背の高いガラスケースにおさめられていました。
ガラスケースの戸を開けて 直に見せていただきました。

近くから撮ろうとしたら、お背が高くて 写しきれませんでした。
観音さまの立っておられる四角い木の板は、回転する台を作った方がおられたとの事で、この板を回すと 観音さまもゆっくりと回ります。背中側も見ることができます。

横から拝見すると平たくて、少し左を向いた ふっくらとしたおなか。静かな横顔が美しいと思いました。
背中には、円空によって梵字と七言絶句と和歌が書かれています。

読みと解説は、米原市教育委員会のサイトが 分かりやすく思いました。https://www.city.maibara.lg.jp/material/files/group/47/08.pdf
切れ長の目に黒い瞳が描かれています。教えていただいて気づきました。
大きな体に 健気に微笑むような痛々しさを感じるお顔まで、一日で彫り上げられたのかと 見入ってしまいます。
12万もの仏さまを彫ろうとして 一体一体の作品を 一心に手掛けた円空。
子どもの頃、父の仕事部屋に飾ってあった 鑿の跡も力強く荒々しい円空作の不動明王の写真が怖かったことを思い出します。
今は 素直な気持ちで観たいと思います。
頭の十一面は、並んだ観音さま達の小さなお顔がかわいらしく、柔らかな温かさが感じられ 思わず手を合わせてしまいました。
「私は こちらから見た観音さんのお顔が好きです」と、左斜めのお顔を見せてくださいました。

ほんとうに… 見る角度で印象が変わります。
こちらまで 知らず知らずのうちについ微笑んでしまうような優しいお顔をしておられました。
いろんな人の辛い気持ちを聞かれる観音さま。ちょっと疲れておられるような感じもして それがより身近に思います。そんな勝手な想像をしてしまいました。

イヌワシのテリトリーが70kmに及ぶこと、
今年は(2024年6月) ドライブウェイの近くで雛を育てているとのこと、
人が近づくと警戒し、子育てを諦めてしまうこと。そうでなくても、なかなか成鳥まで育たないとのお話でした。
***
十一面観音を拝観した後、閉校した小学校の建物を再利用された懐かしい雰囲気の 伊吹山文化資料館で、
怪我をして保護され その後死んでしまった イヌワシの幼鳥の剥製を見ました。

幼鳥ですが 大きな翼を広げています。
幼鳥には、三つ星という白い羽根が翼と尾羽の3カ所にあるそうです。
梅雨の終わり頃に、サーナと名付けられた雛の成長が順調だとニュースで知りました。
9月にもう一度 伊吹山に行った時に、車の中から偶然 頭上に大きな翼を広げた姿が滑空する様を見ました。
望遠カメラを構えた人々が一斉に向きを変えて撮っていました。下から見上げると逆光で黒いシルエットが見えます。
お父さん?お母さんのイヌワシでしょうか。
サーナは、独り立ちがまもなくの今も 元気な姿を見せているそうです。
最近の様子も検索するとYouTubeで見ることができますね。
サーナ、どうか元気で過ごして。
🌸
大平観音堂で 十一面観音立像と伊吹山についてご解説くださいました地元の方や、米原市伊吹山文化資料館のご担当者さまには、大変お世話になりました。ブログに載せる許可までいただきました。
貴重なお話をありがとうございました。

長いお休みの間、いつもどなたかがブログを覗いてくださって本当に幸せ者だなぁと思っています。
久しぶりにブログを書きました。
ご覧くださる皆さま いつもありがとうございます。
宣伝になってしまい申し訳ないのですが、今 明石市立文化博物館で 1月26日まで 父の作品展が開催されております。(月曜日はお休みです)
https://www.akashibunpaku.com/
既にご覧くださった方もいらっしゃると聞いております。
私が休んでいました間に、ご自身のブログに何度も作品展の事を取り上げてくださった
ミヨコ・パーカさま https://newday.hateblo.jp/
詩人の今村欣史さまhttps://blog.goo.ne.jp/coffeecup0816/e/e27fdd06322c8bfaa2a0413b0b7ac7ca
取り上げてくださった方は まだいらっしゃいますよね。ありがとうございます。
温かいコメントをくださった方、会場へお運びいただき ご覧くださった方にも深く感謝申し上げます。
そして 作品に使わせていただいた俳人の先生方や詩人の先生のご家族さま、
詩人の先生のご家族からは、この度の展覧会のために作品をお借りしたとも聞いております。
展覧会の開催のために いろんなアイデアで盛り上げてくださり、美しい図録まで作ってくださった 文化博物館のご担当者さまとご一同さま、
ご尽力いただいた名筆研究会の先生方、
翔雲の家族として 皆さまに心から御礼申し上げます。
おかげさまで 素晴らしい展覧会になりました。

「飛」( 3.6m × 5.4m ) 村上翔雲 書 1990年作
この大きな作品は、翔雲の三女の卒業作品である舞踊の舞台の背景として、翔雲により制作されました。
舞台背景であった為、舞台終了後に処分され現在は残っていません。
この度の作品展では、大筆を持って「飛」を制作する翔雲の写真が展示されています。
上の写真は、名筆研究会誌の写真より転載させていただきました。実際の文字色は黒色です。
野の書ギャラリー
青い星空の下に
こんにちは。ご無沙汰しています。
お元気でいらっしゃいますか。
暖かくなって、山もふんわりと衣替え。
薬師堂の草むらの紫のムスカリは、以前 うっかり落としてしまった球根から増えました。

以前に書きかけたものですので 話題も写真も古いです。書き直していないところもありますが、よろしくおつきあいください。
ネモフィラ ペニーブラック 初めも佳き姿。
🌙
きりの良いところで仕事をおいて、洗濯物を干していると、深夜の国道を サイドマーカーを光らせながらトラックが走って行くのが見えます。
月の美しい夜には、柔らかい光を受ける瓦と低く続く山並み。
月の無い夜には、静かな星が輝いて。
お仕事中の人もおられることですが、晴れた夜のささやかな楽しみです。お休みしていた外干しも花粉がおさまってきましたので再開です
風が描く羽根模様。早朝の霧が消えた後の冬の朝には、こんな空がよく見られた気がします。

最近 手に取るのは、義母と同い年の理論物理学者 佐治晴夫さんの本。
戦争中の子どもの頃に 宇宙に興味を持ち進路を決められたお話や、哲学へと繋がる身近な数字のお話など、読み返すほどに親しみを感じる文章のファンになっていました。
音楽や 色を重ねられた絵画、星の瞬きや小川の流れ、人の手によって調整され滑らかに動きだすロボットの足の動きなど、すべてのものに ゆらぎがあるとの 佐治晴夫さんのお話には、理系とはほど遠い私も心惹かれます。
昼間の空にも、見えないだけで 星は変わらず輝いて。有名な詩にあるように。
本を読んで 改めて青い空を見上げてみますと、新鮮な風が吹き抜けていくような爽やかな気分になります。

佐治晴夫さんのご著書「この星で生きる理由」(アノニマ・スタジオ刊) の表紙は星空。深縹色の見返しをめくると、ボイジャー1号が遥か65億km離れたところから 振り返って撮った写真の中の一枚、カール・セーガンさんが Pale Blue Dot と呼んだ 小さな小さな地球の写真がありました。
「私達が知る、たった一つのふるさと」-天文学者カール・セーガンとボイジャー1号が写した、ペイル・ブルー・ドット– - SPACE Media
ご存じの方も多い写真と思います。忘れたままだったこの写真のことを、もう少し知りたいと思って調べてみました。
こちら SPACE Mediaのサイトへ伺うと、その写真に続いて添えられていたカール・セーガンさんのメッセージがありました。
見かけもよく似た 同じ星の住人同士……
ずっと以前の、訴えかけるように綴られた言葉の連なりが、今の状況そのもので、小さな地球が どれほど大切でかけがえのないものなのかを改めて強く感じました。
よろしければ どうぞご覧になってくださいね。
山芍薬
🌕
実家から 借りて帰ったままの本 パウル・クレーの画集 (みすず書房 刊 現代美術7 解説 片山敏彦) の中の「セネシオ (さわぎく)」。また拙い書き散らしになりますが…
ガーゼを張ったキャンバスに描かれた大きな丸い顔は、明るい色で分けられています。
桃色の頬に 淡いサーモンピンクの鼻筋。その下には、濃い葡萄色のマス目が小さくふたつ 市松模様のように描かれています。
鼻梁を越えて繋がった ふたつの大きな目は赤い瞳。右と左で目の高さも違い 見ている方向も異なっているので、
両目を見ようとすると、くらりと目線がかわされてしまいます。
灰色がかった緑色が弧を描く眉は、左だけに。右に寄りがちの左の瞳。
しばらく観ていると、眉のある左側は、黄色の髪の男性の直線的な横顔にしか見えなくなってきます。
華やかな色合いのキュビズムの表現、穏やかで涼しげな眼差し。絵からは 静かな湖面を眺めるかのような落ち着いた印象を受けます。
パウル・クレーはヴァイリオンの名手で、音楽か美術か 進む道に迷うほどの才能に恵まれていたそうです。
20年ほどの間に、さまざまな技法で多くの作品を発表し、アーツアンドクラフツの影響を受けて設立されたバウハウスで絵を教えます。
後年は 難病に罹ったために思い通りに動かなくなった手で、天使の絵を線画で描き続けたとのことでした。愛らしさのある絵に温かみを感じます。
耳の描かれていない輪郭の中から 見つめる赤い瞳。100年前に描かれたセネシオ。
過去も未来もなく、在るのは今だけ。
佐治晴夫さんの本のお話にあった 道元禅師の言葉。
途切れなく続く今を思います。
オレンジ色の背景に彩られた クレーのセネシオは、日本の野の花のサワギク(ノボロギク) ではなくて メキシカンフレームバインという花なのですね。
読むほどに さまざまなイメージが湧いてくる片山敏彦さんのご解説も素晴らしい、古い画集から。

***
詩人の今村欣史さんが、
Momさん(ママちゃんさん その節はありがとうございました🌷)Newday’s diary
がつくってくださった 父の作品の動画を紹介してくださいました。
今村さん 随分遅くなってしまいました。申し訳ありません。
ご紹介いただきとても嬉しいです。
Momさんからも感謝の言葉をいただいています。
ありがとうございました💐

咲かなかった石楠花が久しぶりに咲いています。半月以上早く。
去年から おかげさまで仕事の都合で(自営業なので仕事があって何よりです)、もうしばらくお休みします。
秋ごろから通院が増えた義母は、あんたの時間がほとんどないね。ごめんねと何度も言ってくれて。お母さん そんなことないですよ〜。ぼちぼちとやっています
ちょっと遠くの病院への行き帰りには、長閑な風景もあり楽しみができました。私たちの良い気分転換になっています。
時々で コメントも書けなくて 大変申し訳ないのですが、休んでいる間も皆さまのブログへ伺わせてください。ほっとするにこにこタイムです☺️
いつもおつきあいくださいましてありがとうございます。
どうぞお身体大切にお過ごしくださいね🌿
稚児車(チングルマ)

「過去はすでに存在しない
未来はまだやってきていない
あるのはただ現在だけである トルストイの言葉」

「乾坤」(天と地の意)
2作品とも 明石市立文化博物館所蔵 村上翔雲 書
大津市 長等 三橋節子美術館にて
この記事は、私の都合で昨夜更新した記事と差し替えております。 昨夜の記事に、スターやコメントをくださった皆さま、本当に申し訳ありません。
こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
近くの山も紅葉が進んできました。陽が落ちて辺りが暗くなり始める頃には、時折鹿の声が聞こえて参ります。

ずっと行ってみたくて 行けなくて。
今日は、滋賀県大津市立長等(ながら)創作展示館・三橋節子美術館へ伺ったお話です。
また長くなって申し訳ありませんが、よろしくおつきあいください。
こちらには、画家 三橋節子(みつはしせつこ)さんの人生の結晶のような作品が展示されています。
33歳で 鎖骨腫瘍のために 利き腕の右腕を失いながら、35歳で亡くなる間際まで描き続けた画家。
三橋節子さんの絵の花は、いつまでも心に残る野の花です。

池畔 ワレモコウ、ドクゼリ、スズメノエンドウ、ヤブジラミ、ナズナ、竹、ハゼの木。 照り映える竹とドクゼリの輝き、控えめに描かれたハゼの紅葉や 白く儚い下草が美しい。(今回書きました植物の名前は、すべて三橋節子美術館からいただいたプリントからお借りしております。絵は、絵本の表紙以外は絵葉書です。)

おきな草の星 今年の仕事は終わったと、空へ帰るように飛ぶ うずしゅげ(オキナグサ)の銀毛。宮沢賢治の物語から。

よだかの星 醜い姿なのに 鷹という名前をつけて。名前を変えろ、つかみ殺すぞと、タカになじられて、夜空をひたすら上へ向かって必死に飛ぶ よだか。
三橋節子さんは、野の花や湖の伝説を題材にした作品を多く描いておられると聞き、美術館に伺う前日に 余呉湖へ行ってみました。
宮沢賢治の物語や伝説の場面に そっと寄り添うのは、湖の傍に咲いている花。
余呉湖は、大きな琵琶湖の北にひっそりと在りました。

岸に近く湖面に菱の葉がびっしりと浮かんでいました。歩くと、蛙が次々と飛び込んでいきます。ひとりぼっちは嫌なのに、ひとりでいる開放感が楽しくて。贅沢やなぁと思います… たまにはいいですね。
空へ帰っていく天女をいくつか描いておられる作品を ここには載せられないのですが、節子さんの絶筆「羽衣伝説」余呉の天女の物語が伝えられる地は、空気のきれいな長閑で心地よい場所でした。
美術館にお話を戻しまして。

鬼子母 鬼子母には、千人の子どもがいて 大事に育てていたそうです。 青い鬼の顔。
鬼子母は人間の子どもを取って食べるので、お釈迦さまが 鬼子母の末っ子を隠されました。
嘆いて探しまわる鬼子母。お釈迦さまに どの親にとっても子どもは大事な存在であることを諭されて、
鬼子母は 子どもを守る鬼子母神になりました。

鬼子母神 ザクロの実は 人の代わりに食べるようにと、お釈迦さまからいただいたのだそうです。

三井の晩鐘 西国三十三所 第十四番 三井寺の 美しい音を響かせる晩鐘。
人と連れ添った龍の娘が、子どもを産んで湖へ帰る時に これを舐めさせるようにと、自らの片目をくり抜き渡して去ります。
子どもが舐め尽くして目がなくなると、龍は もう一つの目を渡そうとやって来ました。物語だけれど、あまりに壮絶な生き方… 目を閉じた優しい顔の女性。
もう子どもを見ることができなくなったので、今日も元気で過ごせたことを 夕方になったら、三井寺の鐘を鳴らせて知らせてほしいと頼むのでした。

母子像
色遣いの独特の翳り。遠くへ向かって緩やかに弧を描く一本道や淡い肌、花の色をつくり出すのは、胡粉の白でしょうか。
心の深淵を見るような 重ねられた岩絵具の色の作品を観ていますと、次第にその世界に惹き込まれていきます。
花折峠。
気立ての良い花売りの娘を、もうひとりの花売り娘が、町からの帰りに 雨で増水した川に突き落としました。

荒れて流れる黒い川に落ちる娘を助けようと身を差し出して、四季に咲く野の花たちは折れていきます。
顔の方に、ノリウツギ、ヒメムカシヨモギ、クサマオ。画面左から、ヤマジノギク、ミズギボウシ、ナデシコ、ニガナ、カスミソウ、ウマノアシガタ、ノコギリソウ、クズ、ワレモコウ、ササユリ、ホタルブクロ、キキョウ、オミナエシ、ゲンノショウコ、ヨメナ、ハルジオン、カタクリ、ツリガネニンジン、オキナグサ、カタバミ。(私の撮り方が悪くてすみません。本当の絵は、圧倒されそうな見事な作品でした)
23種もの花は、幽玄に咲く淡く可憐な植物図鑑。ひとつひとつの花が丁寧に繊細に描かれていて、精緻な細工のように美しく感じます。
流されていく娘は、微笑みを湛えた 素朴で穏やかな表情です。
左上に、売り花の残りが乗ったかごを頭に 小さく描かれている人物は、妬みから突き落とした方の娘でしょうか。
画集にこの作品の下絵がありました。下絵の左上には、めいめい頭にかごを載せたふたりの娘。笑顔の娘の隣に無表情の娘が並んでいました。
出来上がった作品のその場所には、娘が一人だけ小さく描かれています。
目尻が上がった顔立ちですが口元は微笑んでいて、心底からの意地の悪さは伝わって来ないようにも見えます。
突き落とした方の娘が村に戻ると、
ここにいないはずの 川に流された娘が 先に帰っていて、何事もなかったかのように 温かい晩ごはんを作って待っていてくれました。
穏やかな絵。清らかな心を信じられる世界。
画集に 短く書かれたご主人の解説を拝見して、節子さんは 転移した肺がんのために激しい咳をしながら この100号の大作を描かれたと知りました。
ガラスのショーケースには、節子さんから まだ幼かったお子さんの 草麻生くん、なずなちゃんに宛てて亡くなる前に書かれた手紙がありました。(写真は 画集よりお借りしたものです)

「さよならさんかく またきて しかく」 「なーなーは、こたつでまるくなっているのか おにわをかけまわるほうか、どっちかな」
その横に、結婚されたばかりの頃にご主人に宛てたカードが飾られていました。
三橋節子さんの作品の印象とは がらりと異なるモダンな絵と言葉が、白いカードにペンでサラサラっと書かれています。
おふたりの幸せな様子が瑞々しく伝わって参りました。

雷の落ちない村 絵本
仕上げまで 絵があと6枚足りないまま、節子さんが亡くなり、お話は 筋書きだけが残された物語は、
そこから ご主人が仕上げられた白黒の絵のページと、方言の文章が楽しい絵本でした。
節子さんの描かれた絵のページと、ご主人が描かれたページは、お互いに引き立て合うようです。
草麻生くんが 村の人たちと力を合わせて立ち向かう雷獣との戦いのお話が 生き生きと繰り広げられます。

裏表紙は、物語に出てくる人物や生き物を 節子さんが、左手で作られたテラコッタの作品です。
テラコッタの底には、タイトルの文字が ひと文字ずつ彫られた はんこになっています。
とどまることのない病気のひどい酷い苦しみと、大切なご家族との別れ。かけがえのない人生との別れ。
祈りのような 生きた証し。限られた時間を作品に昇華させて。
日々 節子さんの心に咲き続けた花々を、私は観せていただいたのだなと思いました。
「感動しました。ありがとうございました。」伺ってよかった。ご挨拶をして失礼しようとしました。
すると、外まで出られて挨拶をしてくださった係の方 (ごめんなさい。ちゃんとお名前を伺えばよかったのに 失礼しました) が、
「節子さんのご主人が住んでおられる家がありますので、見て行かれませんか。」とおっしゃいます。
美術館の少し下に、土壁が印象的な落ち着いた佇まいのお宅でした。お留守でしたが、写真を撮らせていただきました。
後ろの竹藪から伸びてきて、床からタケノコが出てきた、取ってくれと、時々 ご主人から頼まれるというお話に笑ってしまいました。


更に、右腕を手術で切断した後、左手で最初に描かれたほど節子さんがお好きだった 菩提樹の木も見せていただきました。
近松寺の前に。
丁度 葉蔭に小さな種が眺められる時期でした。


ヘリコプターの羽根のようにくるくると回って飛ぶのだそうです。飛ばして見せてくださいました。「種がぶら下がっているのは葉じゃないんですよ。」なるほど、菩提樹の緑の葉は丸い形をしていますね。

いただいた細長い葉のような苞に ふたつずつ下がっている種は、どちらもひとつ 取れてしまいました


こがらしの詩 この作品には、一番下に種のついた菩提樹の苞の枝が描かれています。
上から ユウギリソウ、ノリウツギ、ボダイジュ。花瓶に挿してあるのは、カヤツリグサ、コバンソウ とのことです。
平日のお昼で 比較的空いていた時間とは言え、お忙しい中、いち来場者の私に 本当にご親切にしていただきました。 お話をお聞きして、三橋節子さんに より親しみを感じるようになりました。
長等創作展示館・三橋節子美術館の皆さま ありがとうございました。
後日、美術館の方に教えていただいて 絵葉書や画集の中の手紙などのブログへの使用を ご主人さまの
鈴木靖将先生にお願いしました折には、快く許可をいただきましたことを 感謝申し上げます。
ありがとうございました。
心に残る旅でした。
ちょっと寄り道です。
前日に 余呉湖へ行って、琵琶湖の東側を JRで1時間半ほどかけて大津駅に戻る途中、草津駅で途中下車しました。

近鉄百貨店のクラブハリエさんのイートイン。お目当ての人気のバームクーヘンは、お店でいただくのはないようでしたので、少し贅沢をして「至福 × ぶどう」を選んでみました。
ふんわりとした柑橘の香りも爽やかな 角のない優しいお味のアールグレイでほっとひと息。
新鮮なぶどう、皮のシャリシャリとした食感も楽しく(皮をむいてあるぶどうもありました🍇) 中のスポンジととろけるジュレ、柔らかい(多分)葛も忍ばせてあり美味しかったです。
晴れ☀ クラブハリエ バームクーヘン - makkosan70’s diary
Pちゃんさん、まっこさん、お断りなくコールして ごめんなさい。
おふたりの クラブハリエさん (和菓子のたねやさんですね) のバームクーヘンのご紹介が忘れられなくて行ってみました。後で、取り寄せました。少し温めていただくと、ふくよかな卵の香りに ふんわりとした食感が増してしあわせな気分になりました🌿
*****
もうひとつだけ いいでしょうか。
ブログを書いていて、本当にいろんな方にお世話になっています。そのおひとり、
Momさん (ママちゃんさん) が、父の書を、ブログと動画につくってくださいました。
ママちゃんさんのブログや動画からは、いつも元気と優しい気持ちをいただいています。
父の作品だからと 何度も打ち合わせをしてくださり、じっくりと丁寧につくってくださいました。
ママちゃんさんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
「読みにくい日本語で…」と書いていらっしゃいますが、そんなことは決してありません。熱いハートが しっかりと伝わって参ります。
ブログの最後の ママちゃんさんの言葉。 Pray for Peace in our world. 私も祈ります。
ママちゃんさん 遅くなって申し訳ありません。
皆さま どうぞご高覧くださいますようお願いいたします。

長くなりました。
今日も最後までおつきあいくださいましてありがとうございました。

「いきどおりながらも美しいわたしであろうよ
哭きながら
哭きながら
うつくしいわたしであろうよ 八木重吉 詩」
(29×46cm) 欠題詩群・ある時 八木重吉 詩 村上翔雲 書

「骸骨が海を裂く
鋤が土を裂く
それでぼくらも裂く
それでぼくらは何を裂く」
(176×89㎝) 能登・歌より
安水稔和 詩 村上翔雲 書 以上2点とも 明石市立文化博物館 所蔵
安水稔和先生のご逝去を 10月になって神戸新聞の記事で知りました。
兵庫県を代表する現代詩の先生です。父が作品制作の折にお世話になりました。
心からご冥福をお祈りいたします。
大津市 長等 三橋節子美術館にて
こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
近くの山も紅葉が進んできました。陽が落ちて辺りが暗くなり始める頃には、時折鹿の声が聞こえて参ります。

ずっと行ってみたくて 行けなくて。
今日は、滋賀県大津市立長等(ながら)創作展示館・三橋節子美術館へ伺ったお話です。
また長くなって申し訳ありませんが、よろしくおつきあいください。
こちらには、画家 三橋節子(みつはしせつこ)さんの人生の結晶のような作品が展示されています。
33歳で 鎖骨腫瘍のために 利き腕の右腕を失いながら、35歳で亡くなる間際まで描き続けた画家。
三橋節子さんの絵の花は、いつまでも心に残る野の花です。
池畔 ワレモコウ、ドクゼリ、スズメノエンドウ、ヤブジラミ、ナズナ、竹、ハゼの木。 照り映える竹とドクゼリの輝き、控えめに描かれたハゼの紅葉や 白く儚い下草が美しい。(今回書きました植物の名前は、すべて三橋節子美術館からいただいたプリントからお借りしております。絵は、絵本の表紙以外は絵葉書です。)
おきな草の星 今年の仕事は終わったと、空へ帰るように飛ぶ うずしゅげ(オキナグサ)の銀毛。宮沢賢治の物語から。
よだかの星 醜い姿なのに 鷹という名前をつけて。名前を変えろ、つかみ殺すぞと、タカになじられて、夜空をひたすら上へ向かって必死に飛ぶ よだか。
三橋節子さんは、野の花や湖の伝説を題材にした作品を多く描いておられると聞き、美術館に伺う前日に 余呉湖へ行ってみました。
宮沢賢治の物語や伝説の場面に そっと寄り添うのは、湖の傍に咲いている花。
余呉湖は、大きな琵琶湖の北にひっそりと在りました。
岸に近く湖面に菱の葉がびっしりと浮かんでいました。歩くと、蛙が次々と飛び込んでいきます。ひとりぼっちは嫌なのに、ひとりでいる開放感が楽しくて。贅沢やなぁと思います… たまにはいいですね。
空へ帰っていく天女をいくつか描いておられる作品を ここには載せられないのですが、節子さんの絶筆「羽衣伝説」余呉の天女の物語が伝えられる地は、空気のきれいな長閑で心地よい場所でした。
美術館にお話を戻しまして。
鬼子母
鬼子母には、千人の子どもがいて 大事に育てていたそうです。 青い鬼の顔。
鬼子母は人間の子どもを取って食べるので、お釈迦さまが 鬼子母の末っ子を隠されました。
嘆いて探しまわる鬼子母。お釈迦さまに どの親にとっても子どもは大事な存在であることを諭されて、
鬼子母は 子どもを守る鬼子母神になりました。
ザクロの実は 人の代わりに食べるようにと、お釈迦さまからいただいたのだそうです。
三井の晩鐘
人と連れ添った龍の娘が、子どもを産んで湖へ帰る時に これを舐めさせるようにと、自らの片目をくり抜き渡して去ります。
子どもが舐め尽くして目がなくなると、龍は もう一つの目を渡そうとやって来ました。物語だけれど、あまりに壮絶な生き方… 目を閉じた優しい顔の女性。
もう子どもを見ることができなくなったので、今日も元気で過ごせたことを 夕方になったら、三井寺の鐘を鳴らせて知らせてほしいと頼むのでした。
母子像
色遣いの独特の翳り。遠くへ向かって緩やかに弧を描く一本道や淡い肌、花の色をつくり出すのは、胡粉の白でしょうか。
心の深淵を見るような 重ねられた岩絵具の色の作品を観ていますと、次第にその世界に惹き込まれていきます。
花折峠。
気立ての良い花売りの娘を、もうひとりの花売り娘が、町からの帰りに 雨で増水した川に突き落としました。

荒れて流れる黒い川に落ちる娘を助けようと身を差し出して、四季に咲く野の花たちは折れていきます。
顔の方に、ノリウツギ、ヒメムカシヨモギ、クサマオ。画面左から、ヤマジノギク、ミズギボウシ、ナデシコ、ニガナ、カスミソウ、ウマノアシガタ、ノコギリソウ、クズ、ワレモコウ、ササユリ、ホタルブクロ、キキョウ、オミナエシ、ゲンノショウコ、ヨメナ、ハルジオン、カタクリ、ツリガネニンジン、オキナグサ、カタバミ。(私の撮り方が悪くてすみません。本当の絵は、圧倒されそうな見事な作品でした)
23種もの花は、幽玄に咲く淡く可憐な植物図鑑。ひとつひとつの花が丁寧に繊細に描かれていて、精緻な細工のように美しく感じます。
流されていく娘は、微笑みを湛えた 素朴で穏やかな表情です。
左上に、売り花の残りが乗ったかごを頭に 小さく描かれている人物は、妬みから突き落とした方の娘でしょうか。
画集にこの作品の下絵がありました。下絵の左上には、めいめい頭にかごを載せたふたりの娘。笑顔の娘の隣に無表情の娘が並んでいました。
出来上がった作品のその場所には、娘が一人だけ小さく描かれています。
目尻が上がった顔立ちですが口元は微笑んでいて、心底からの意地の悪さは伝わって来ないようにも見えます。
突き落とした方の娘が村に戻ると、
ここにいないはずの 川に流された娘が 先に帰っていて、何事もなかったかのように 温かい晩ごはんを作って待っていてくれました。
穏やかな絵。清らかな心を信じられる世界。
画集に 短く書かれたご主人の解説を拝見して、節子さんは 転移した肺がんのために激しい咳をしながら この100号の大作を描かれたと知りました。
ガラスのショーケースには、節子さんから まだ幼かったお子さんの 草麻生くん、なずなちゃんに宛てて亡くなる前に書かれた手紙がありました。(写真は 画集よりお借りしたものです)
「さよならさんかく またきて しかく」 「なーなーは、こたつでまるくなっているのか おにわをかけまわるほうか、どっちかな」
その横に、結婚されたばかりの頃にご主人に宛てたカードが飾られていました。
三橋節子さんの作品の印象とは がらりと異なるモダンな絵と言葉が、白いカードにペンでサラサラっと書かれています。
おふたりの幸せな様子が瑞々しく伝わって参りました。
雷の落ちない村 絵本
仕上げまで 絵があと6枚足りないまま、節子さんが亡くなり、お話は 筋書きだけが残された物語は、
そこから ご主人が仕上げられた白黒の絵のページと、方言の文章が楽しい絵本でした。
節子さんの描かれた絵のページと、ご主人が描かれたページは、お互いに引き立て合うようです。
草麻生くんが 村の人たちと力を合わせて立ち向かう雷獣との戦いのお話が 生き生きと繰り広げられます。
裏表紙は、物語に出てくる人物や生き物を 節子さんが、左手で作られたテラコッタの作品です。
テラコッタの底には、タイトルの文字が ひと文字ずつ彫られた はんこになっています。
とどまることのない病気のひどい酷い苦しみと、大切なご家族との別れ。かけがえのない人生との別れ。
祈りのような 生きた証し。限られた時間を作品に昇華させて。
日々 節子さんの心に咲き続けた花々を、私は観せていただいたのだなと思いました。
「感動しました。ありがとうございました。」伺ってよかった。ご挨拶をして失礼しようとしました。
すると、外まで出られて挨拶をしてくださった係の方 (ごめんなさい。ちゃんとお名前を伺えばよかったのに 失礼しました) が、
「節子さんのご主人が住んでおられる家がありますので、見て行かれませんか。」とおっしゃいます。
美術館の少し下に、土壁が印象的な落ち着いた佇まいのお宅でした。お留守でしたが、写真を撮らせていただきました。
後ろの竹藪から伸びてきて、床からタケノコが出てきた、取ってくれと、時々 ご主人から頼まれるというお話に笑ってしまいました。


更に、右腕を手術で切断した後、左手で最初に描かれたほど節子さんがお好きだった 菩提樹の木も見せていただきました。
近松寺の前に。
丁度 葉蔭に小さな種が眺められる時期でした。


ヘリコプターの羽根のようにくるくると回って飛ぶのだそうです。飛ばして見せてくださいました。「種がぶら下がっているのは葉じゃないんですよ。」なるほど、菩提樹の緑の葉は丸い形をしていますね。
いただいた細長い葉のような苞に ふたつずつ下がっている種は、どちらもひとつ 取れてしまいました

こがらしの詩 この作品には、一番下に種のついた菩提樹の苞の枝が描かれています。
上から ユウギリソウ、ノリウツギ、ボダイジュ。花瓶に挿してあるのは、カヤツリグサ、コバンソウ とのことです。
平日のお昼で 比較的空いていた時間とは言え、お忙しい中、いち来場者の私に 本当にご親切にしていただきました。 お話をお聞きして、三橋節子さんに より親しみを感じるようになりました。
長等創作展示館・三橋節子美術館の皆さま ありがとうございました。
後日、美術館の方に教えていただいて 絵葉書や画集の中の手紙などのブログへの使用を ご主人さまの
鈴木靖将先生にお願いしました折には、快く許可をいただきましたことを 感謝申し上げます。
ありがとうございました。
心に残る旅でした。
ちょっと寄り道です。
前日に 余呉湖へ行って、琵琶湖の東側を JRで1時間半ほどかけて大津駅に戻る途中、草津駅で途中下車しました。
近鉄百貨店のクラブハリエさんのイートイン。お目当ての人気のバームクーヘンは、お店でいただくのはないようでしたので、少し贅沢をして「至福 × ぶどう」を選んでみました。
ふんわりとした柑橘の香りも爽やかな 角のない優しいお味のアールグレイでほっとひと息。
新鮮なぶどう、皮のシャリシャリとした食感も楽しく(皮をむいてあるぶどうもありました🍇) 中のスポンジととろけるジュレ、柔らかい(多分)葛も忍ばせてあり美味しかったです。
晴れ☀ クラブハリエ バームクーヘン - makkosan70’s diary
Pちゃんさん、まっこさん、お断りなくコールして ごめんなさい。
おふたりの クラブハリエさん (和菓子のたねやさんですね) のバームクーヘンのご紹介が忘れられなくて行ってみました。後で、取り寄せました。少し温めていただくと、ふくよかな卵の香りに ふんわりとした食感が増してしあわせな気分になりました🌿
*****
もうひとつだけ いいでしょうか。
ブログを書いていて、本当にいろんな方にお世話になっています。そのおひとり、
Momさん (ママちゃんさん) が、父の書を、ブログと動画につくってくださいました。
ママちゃんさんのブログや動画からは、いつも元気と優しい気持ちをいただいています。
父の作品だからと 何度も打ち合わせをしてくださり、じっくりと丁寧につくってくださいました。
ママちゃんさんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
「読みにくい日本語で…」と書いていらっしゃいますが、そんなことは決してありません。熱いハートが しっかりと伝わって参ります。
ブログの最後の ママちゃんさんの言葉。 Pray for Peace in our world. 私も祈ります。
ママちゃんさん 遅くなって申し訳ありません。
皆さま どうぞご高覧くださいますようお願いいたします。

長くなりました。
今日も最後までおつきあいくださいましてありがとうございました。

「いきどおりながらも美しいわたしであろうよ
哭きながら
哭きながら
うつくしいわたしであろうよ 八木重吉 詩」
(29×46cm) 欠題詩群・ある時 八木重吉 詩 村上翔雲 書

「骸骨が海を裂く
鋤が土を裂く
それでぼくらも裂く
それでぼくらは何を裂く」
(176×89㎝) 能登・歌より
安水稔和 詩 村上翔雲 書 以上2点とも 明石市立文化博物館 所蔵
安水稔和先生のご逝去を 10月になって神戸新聞の記事で知りました。
兵庫県を代表する現代詩の先生です。父が作品制作の折にお世話になりました。
心からご冥福をお祈りいたします。
秋風の石
こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
ご無沙汰しています。

仕事終わりに歩くと夜風をひんやりと感じます。
澄んだ虫の声が聞こえてきます。日が短くなりましたね。
先週末頃から 辺りが香りに包まれています。
***
ブログから離れていた間に、連れ合いの手術がありました。
手術の後 小さな炎症が出たりしましたが、おかげさまで 大したことにはならず、次第に体調も安定してきました。昨日の診察でも経過は良い方だとのことでした。義母もほっとしてくれたので、よかったなと思います。
皆さま どうもありがとうございました。

***
入院は半月程度のことでしたのに、気づけば 私まで 7月からこれまで あっという間に日が経ってしまい (ちょっと仕事が増えたぐらいのことなので、むしろもう少ししっかりしなければ… ) 、庭も飼っている魚も ほったらかしになっていました。植えた覚えのない草がたくさん伸びています。
今年の夏も木槿やメドーセージは元気でした。8月初め頃の木槿の写真です
花と言えば、かなり古いことになってしまいましたが、
前回の「 千年の桂 」で、キンランと書いておりました花は、センダイハギの間違いでした。
センダイハギです。かわいいお花ですね。訂正させてください。
せっかく教えていただいたのに、訂正が遅くなりました。
教えてくださった方に…
いつもありがとうございます。これからも どうぞよろしくお願いいたします(間違いが多いのも やはりいけないですので、気をつけますね🌿)
🍃
こちらは、お盆過ぎに近くで咲いていた 黒豆畑の花です。
必ず来るしあわせ
⇧
そう 本当に。 花言葉に 身も蓋もない感想でお恥ずかしいのですが、この上なく美味の黒枝豆を味わうと しあわせな気持ちになります。
よく繁った瑞々しい葉の蔭に咲いていました。畑の傍を歩いていても 案外 花を見ることがないのです。
集落の道に沿って畑を作っている 友人の黒豆の花を 道から撮らせてもらいました。

今は、上の写真より 虫食いのある乾いた大きな葉が、小さい豆を守っているように見えます。また 黒枝豆の収穫の時期が巡ってきたのだなと思います。
丹波の道沿いのあちらこちらで販売所の幟が立って、枝ごと大きく纏められた黒枝豆の束が並ぶようになると 山里の秋は深まります。
私たちの住む場所は 丹波ではないのですが、周り一帯の広い地域でも黒豆を育てておられます。
畦には、あちらこちらで彼岸花が。咲き始めの頃の彼岸花は、天に向かって咲く姿に清らかさを感じ、健気に思います。
大きな台風が続いて来る前の9月のこと、夕暮れの空に大勢のツバメが集まって、鳴きながら忙しなく飛び交うのを何度か見かけました。ツバメのねぐら入りは賑やかです。
夏まで空高く賑やかだったヒバリは、今は草むらの多い休耕地を出たり入ったり。低いところを飛んで、冬になっても ここで静かに過ごしています。
田んぼの水落としが終わり、順番に稲の刈り取りが続いています。強い雨風ですっかり倒れたままの田んぼもよく見かけます。
身近な生活用品や生鮮食料品も日を追うごとに高くなっていくことを実感しますが、山の中でも新鮮なものが手に入るのが嬉しいです。
見た目がすごくてすみません。
お刺身以外は 焼いたり炊いたり(=煮たり ですね)、簡単なおかずやおつまみのようなものを作ろうかなと。魚のアラや肝は、ちょっとだけ下処理をして。美味しくいただいています。
***
後になりましたが、娘たちにも たくさんのお気遣いをいただきましてありがとうございました。
娘がおつきあいしている人は、出会ってみると楽しくて素朴で真面目な人でした。たまのケンカもよし。仲良く過ごしてくれればと思います。
あちらのお父さまは、まだ治療中で 経過を長い目で見ることになるそうですが、自宅に戻られて 少しずつ仕事を再開できるようになったとのことです。
いなかの常で、空を撮ると必ず電線が入りまして
久しぶりに書いてみましたら、ただでさえ とりとめのない文章が、さらに ばらばらとしてしまいました。
今日もおつきあいくださいましてありがとうございました。
季節の変わり目、お身体を大切にお過ごしくださいね🌿


「 追憶
山のうえには はたけがあったっけ
はたけのすみにうずくまって
みた あの空の近かったこと
おそろしかったこと 重吉 詩 」(75×100m/m) 秋の瞳 八木重吉 詩 村上翔雲 書

千年の桂
こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
前回も連れ合いに 温かなメッセージをいただきまして、ありがとうございました。ふたりで感謝しております。
・・・
先日、また手が滑って下書きを投稿してしまいました。
慌てて戻しましたが、すぐ前の記事が新しい記事として出てしまったようです。
前の記事にもう一度来てくださった皆さまに 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんなさいね。

農道を歩いていますと、麦刈りが終わって稲が植えられた田んぼに 山が映る季節になりました。写真は、数日前のものです。
日々 稲は成長して、今は 一面若緑の原っぱのようになっています。
田植え前の土の上をタニシが這った跡は道路地図のようです。
梅雨に入って 少々の雨でも囀りを忘れないのは、竹藪のウグイスと曇り空に舞い上がるヒバリ。いつもながら 大きな声です。
***
兵庫県美方郡香美町にある たじま高原植物園 和池の大カツラ~平成の名水百選「かつらの千年水」~|香美町 へ出かけました。都合で最近書くどの話題も古くなって申し訳ありませんが、こちらも5月の末のことです。どうぞよろしくおつきあいください。
山の中に住む者が、山深くと言うのもおかしなものですが、北へ向かって走っていますと 氷ノ山(ヒョウノセン) の向こうは更に趣きが変わります。
梅雨入り前の時期でした。青空の下、自動車道路から眺める みどりに潤う山裾に、刈り取りを向かえる麦畑と そろそろ田植えの始まった田んぼの風景が、繰り返し現れてはゆっくりと流れて行きます。
***
途中 ハチ北の道の駅で 休憩をしました。
こちらには人気のスキー場があり、冬は深い積雪がニュースで伝えられる兎和野(うわの)高原も近くにあります。
兎和野高原は、子どもたちが小さい頃に毎年キャンプに出かけた思い出の多い場所です。

道の駅には、バイクの方が何人か一服しています。
スズキの「隼」が止まっていました。車やバイクのことはわからない私から見ても、黒光りしたとてもきれいなオートバイでした。
連れ合いが 時々目をやっています。得意先や 一緒に働いてくださっている人への責任があると思い、私と義母はバイクに乗ることを賛成できませんでした。
やがて持ち主の女性が来られると、隼は音楽のように美しいエンジン音を残して走って行きました。
写真を撮らせてもらいたかったと申します。
誰にでも気軽に話しかける人なのですが、女性だったからですね。 気が利きませんでした。私が声を掛ければよかった。
私たちも出発して、一本道を辿ります。
たじま高原植物園は、兵庫県の天然記念物「和池の大カツラ」を保護するために造られた施設とのことでした。
キンラン
咲き始めのクリンソウ
植物園を流れる川で湿地ができています。池の傍には 大きな葉がびっしりと生えています。
奥の丸い葉には、オタカラコウと札が出ていました。山深い水辺で黄色の花を見たことがあります。

手前のわさわさと茂る葉には、隙間から名残りの丸い花序が見えています。白い苞はもう落ちてありませんが ミズバショウなのかもしれないと気づきました。
山の中の植物園は、自然の植生を保ちつつ整備された遊歩道が続いていて歩きやすいです。世代を問わず楽しめます。
乗り手がかわいいハナイカダ。花はひとつずつなので、この木は雌株でしょうか (肝心のお花がぼやけまして🙏)
🌿🌿🌿
樹齢千年と言われるカツラの木は、幹やまわりからの株立ちがそれぞれ大きく、縦に裂けた木肌がごつごつとしています。根元は、勢いよく流れる川を跨いで立っていました。

植物園は、豊かな湧水に恵まれた瀞川平(とろかわたいら)にあります。
カツラの木は、山深い清流を好むとのことで、一里四方の水を集めるとも言われるそうですね。この木に向かって自然と川が流れてくるのか、川を求めて木が根を下ろすのか、興味深く思います。
古刹を訪ねた時のような しんとした森の鎮まりの中で 水音だけが聞こえてきます。
後ろへ回って見てみました。傍からすくすくと生えている清新なひこばえが美しいです。
眺めていると、マザーツリーと一緒に 一生懸命に背筋を伸ばして空を仰ぐ小さな子どもたちのようにも見えてきます。
カツラの傍に設けられた竹の筒から勢い良く落ちる水を手に受けて飲んでみました。冷たくて柔らかなお水は無菌で、飲料だけでなく農作にも使われているとのことでした。
山の午前10時は、まだ来園する人もそれほど多くありませんでした。
木の辺り一帯の空気は、ぴんと張って透き通り、身体の中まで洗われるように感じます。
カツラの葉は、秋になると お菓子のような美味しい匂いがするのですね。秋のカツラのお話を書いていらっしゃる方がおられて知りました。
朴の木(ホオノキ)。こちらも姿のよい大きな木でした。

緑陰を作る葉がきれいで何度も見上げてしまいます。
川の中でそよぐ緑は、梅花藻(バイカモ)の葉。もうじき可憐な白い花が咲きますね。

この写真はご参考になるでしょうか、以前 別の場所で写した梅花藻の花です。
***
私たちの住むところでは、子どもたちは 高校を卒業すると、進学や就職のために家を出ることが多いです。
しばらく前に、そんな風に一人暮らしをしている娘が おつきあいをしている人に会ってほしいと言いました。
ところが、それから数日後に、彼のお父さまが倒れたと知らせてきました。
彼は、ご両親のこれからを 自分が支えていこうと思う、巻き込んではいけないから別れようと言っていると申します。
彼や娘の動揺のほどが伝わってきます。どうか落ち着いて。
お父さまご自身とご家族の不安やご心配は どんなに大きなものだろうと思いました。
その後、娘は、やはりご家族が重い病気とわかってから結婚した友達から話を聞かせてもらったり、ふたりで何度も話し合ったりしたそうです。
一緒に歩いていこうと改めて決めたようで、後日 ふたりと三宮で会うことになりました。

人生がどんな風になっていくのかは、誰にもわからないこと。我が家にしても、体調を崩しがちな義母もいますし、連れ合いは これから病気の治療が始まります。
ふたりの気持ちを大切にしようと思いました。私たちには、子どもたちが考えて決めたことを応援することしかできないのかもしれません。
この度のことで感じたのは、まだ私たちが会ったことのない彼が 心のきれいな真面目な人らしいということでした。
釣り好きで、時々娘も一緒に連れて行ってくれるそうです。普段から釣れた魚を自分で料理して 娘にごちそうしてくれるところにも好感が持てます。
You play with the cards you're dealt. Whatever that means.
配られたカードで勝負をするんだよ。それがどんな意味でもね
いつかブログに書いた記憶がある スヌーピーの言葉。あの時も 娘に向かって言ったように思います。
相変わらずの段取りの悪さから 時間に追われてバタバタとしている私もこの言葉を忘れずに…
森の大カツラのある景色は、夢のようでありながら 現実に在る世界。四季の巡りが遥か昔から連綿と繰り返されるさまを思うと心が安らぎます。
秋にもう一度行ってみようと、和池の大カツラの木を思い浮かべて思うことでした。

娘が初めて受け持った2歳児クラスのお子さんたちは、来年の春卒園の5歳児クラスになりました。再び受け持たせていただいています。みんなで作る梅雨の風景も年長さんらしい作品ですね。
今日もご覧くださいましてありがとうございました。
度々地震が起きたり、6月から蒸し暑い日が続いたりして、落ち着かない日が続きますね。大きな被害が出ませんように。
どうぞお身体大切にお過ごしくださいね。

「待惚て立てば桔梗の花のかず 兜子の句」(210×300m/m) 玄玄 獅子舞 入院 赤尾兜子 句

「幼い日
おさない日は
水がもの言う日
木がそだてば
そだつひびきが
きこゆる日 重吉 詩」
(75×100m/m) 秋の瞳 八木重吉 詩 村上翔雲 書
急がなくてもいい場所
こんにちは。ご無沙汰しています。
お元気でいらっしゃいますか。
ミヤマカタバミの(と思っている)白い花の後に出て来たのは、咲かない蕾 閉鎖花のようです。しゅっと伸びた茎の先の赤い蕾が茶色の種になると、くったりと倒れるを繰り返しています。
***
前回は、連れ合いのことで たくさんの方からあたたかなお気遣いをいただきありがとうございました。
初期のがんで進行は緩やかということでした。転移も無さそうとのことです。
本人は分かってすっきりしたようです。義母からすれば なかなかそうもいかなくてかわいそうですが、周りの私たち家族は 心配をしつつも慌てず騒がずに ですね。
おかげさまで 最近は連れ合いの自律神経の不調も少しずつ治まり、仕事などもいつもの状態に戻ってきました。
これから治療が始まりますので、連れ合いの疲れが溜まらないよう気をつけて過ごすようにしますね。
ご心配をおかけしまして
ありがとうございました。

今日は、兵庫陶芸美術館(丹波篠山市今田町)へオールドノリタケ× 若林コレクションを観に出かけたお話です。長くなって申し訳ありませんが、よろしくおつきあいください。
最近は 午前中から蒸し暑さを感じる日もありますが、
5月の中頃 雨上がりの県道には、木々の枝が互いに差し掛かって 黄緑や花萌黄、鶸色などの清涼な色合いの葉で彩られた自然の長いアーチが続いていました。
空が見え隠れする明るい緑陰の道。出かけて良いのか迷いながらのドライブは、私なりに気持ちの切り替えができて爽やかなものになりました🌿
目的地の 丹波篠山の今田町(こんだちょう)は、立杭焼の里です。

名筆研究会を父が主宰していた頃に、立杭焼の窯元さんのところへ 書家の先生方と私も勉強会にご一緒させていただいたことも、随分昔の懐かしい思い出です。
兵庫陶芸美術館 日当たりや気温差を避ける蔵のような雰囲気の素朴な外観。
特別展は、3階から1階へと 美術館の建物のほぼ全てを使って250点もの作品が展示されています。
平日の午後の美術館は空いていました。
会場で実際に観る陶磁器の美しさに、度々足が止まってしまいました。
オールドノリタケ×若林コレクション -アールヌーヴォーからアールデコに咲いたデザイン- - 兵庫陶芸美術館 The Museum of Ceramic Art, Hyogo ブログを更新するまでもたもたしまして、特別展の期間が終わってしまいました🙏 もし出て来ないようでしたら、ホームページの中のリンク「これまでの特別展」からご覧いただけると思います。
私の写した写真ですみませんが、すべて撮影可とのことでしたので、兵庫陶芸美術館のホームページの写真とともに心に残った作品と、作品のためのデザイン画などを撮らせていただきました。 名前だけしか知らずにいたオールドノリタケの陶磁器の覚え書きなども書いています。

オールドノリタケは、明治時代から 昭和初期にかけて、アメリカやヨーロッパへの輸出向けに作られた陶磁器の製品とのことでした。
この事業を進められた 森村組のことも全く知らずに、会場に張られた解説を拝見しました。帰ってから少し調べてみました。
世界ではまだよく知られていなかった 当時の日本のためにと、ノリタケカンパニーリミテド(我が家も仕事の研磨工具でお世話になっています☺️) の前身である森村組は、西洋の陶磁器の生産をすることを選んだそうです。
日本では まだ馴染みのなかった洋食器を作るために、平たい形の真っ白なディナー皿を苦労の末に作り上げたり、初めて作るカップの把手の付け方の工夫や、経験のない西洋の絵付けなど、
それまでの和陶磁器の製作とは異なるさまざまの問題を乗り越えて、繊細で美しい製品を作り上げられたことを知りました。

ひとつひとつ丁寧に作られた芸術性の高い製品は、伝統あるヨーロッパの陶磁器に比べて当時は求めやすい価格でファンが多かったそうです。ここからは、「作品」と書かせていただきますね。



ウェッジウッドのジャスパーウェアを模したという作品群は、泥漿を筆やへら、イッチンという細長い筒から絞り出す道具を使って、絵を盛り上げるように描いていたそうです。
華やかな表側と同じく、裏側も美しい意匠を施された作品が多いです。陶磁器は後ろに回って観る楽しみもありますね。
こちらは、ミルクを入れるクリーマーという入れ物が付いていないですし、ティーカップではなさそうですので、ホットチョコレートを飲むためのチョコレートセットだったかと思います(相変わらず頼りないことで…)。表側。
後ろに回って。
この度の展覧会で何度も出てきた「盛り上げ」という技法。「盛り上げ」で立体的に描かれたレースがふわりと巻かれたデザインの花瓶。
布を貼ってから焼いて絵付けをする布目仕上げの「色絵金彩布目」とのことです。キャンバスの上に描かれた絵のような質感のぽってりとした桃に暖かみを感じる作品でした。
藤の花。舞台衣装を纏ったサラ・ベルナールが佇んでいるかのようなアール・ヌーヴォー様式の花瓶。
どの角度からも隙のない華が感じられます。
アール・デコ様式の花瓶のデザイン画

艶やかなラスター彩の花瓶。壁に掛けてお花を飾るのですね。

こちらも アール・デコ様式の灰皿のデザイン画です。
どれもとてもきれいで楽しい絵ばかり。作画される時の気分まで伝わってくるようです。
陶磁器と同じくデザイン画も貴重な作品ですね。
上の灰皿のデザイン画が四角い小箱に。

香水瓶
若林コレクションの多くは、ファンシーウェアという飾って鑑賞する花瓶などの美術品とのことでした。
張ってあった解説を拝見しますと、アール・デコ様式の香水瓶や灰皿など、普段に使うものもデザイン性の高さから人気があったとのことで、買い求めた人は、使うほどに特別な愛着が湧いたことと思います。何より時代の新鮮な風を感じます。
テーブルウェア。中央の丸い輪が並んでいるのは、トーストスタンドなのだそうです。
その左のピエロの描かれた陶器のグラスに見えるものは、上から見ると平たい口をした入れ物で、畳まれたナプキンを挿すナプキン入れです。右端の奥の 蓋にイチゴのツマミがついたものは、ジャムポットとのことです。
「色絵金彩アクアビーディング 菊文皿」
大きな和菊が描かれた金色の地のお皿一面に 盛り上がった水色の点が付けられています。水しぶきにも感じられて、明るく軽やかなとてもきれいな作品でした。
若林経子さんの貴重なコレクションを ゆっくりと拝見させていただけるなんて… 写真まで自由に撮らせていただいて、夢のように贅沢な時間でした。
美術館から続く小径沿いには、作陶家さんたちのランタンが 意志を持つように立っています。


だれもいなくて 鶯と時々雲雀の囀りが高いところから賑やかに降ってきます。新しい緑の匂いがします。

空色のお花は、ホタルカズラでしょうか。
こちらは 見たことがあるようでわからなくて。先日拝見したブログから、コバノタツナミかもしれないと…。葉も花も小さくて控えめな感じがします。
点々と咲く花に ついつい時間を忘れています。
岸田衿子さんの 「だれもいそがない村」という詩をふと思い出して あの丸木橋を渡ると♪ と小さく口ずさんでしまいます。
詩は のどかで温かくて、森山良子さんの歌声は伸びやかでチャーミング。
…… 北の大臣 南の酋長 一日おきにけんかするってほんとですか ♪ 岸田衿子 「だれもいそがない村」より
岸田衿子さんは、かなり多忙な日々を過ごされた方だったそうです。 「くるまはぐるまくるわばくるえ」一見言葉遊びのように ふんわりとしたひらがなの並びながら、読めば鮮烈な印象を残す詩もあれば、風景が浮かんでくるような楽しい絵本の文もたくさん書いておられますね。

美術館の敷地にあるレストラン。お店のあちらこちらに小さな立杭焼の作品が飾られて、向かいの山や窯元を見渡すテラス席がある素敵なお店でした。
立杭焼のモダンな食器がおしゃれです。
コーヒーカップの口元への当たりが丁度良いです。縁の曲線にも工夫があって、厚みを薄くしたデザインでした。
掌に温かくゆったりとした気分になりました。
どんな日があっても、心の中には 急がなくてもいい特別な場所を持っておきたい。そう思います。

2回に分ければよいものを、都合でまた長くなってしまいました。
最後までご覧くださいましてありがとうございました。
これからまたしばらく失礼してしまうかもしれませんが、
どうぞお元気でお過ごしくださいね🌿
以前美しいブログで拝見したゼラニウム ペラルゴニウム シドイデス。忘れられなくて我が家にもふた株を。いつも素敵な植物を教えてくださってありがとうございます

花がふってくると思う
花がふってくるとおもう
このてのひらにうけとろうとおもう 八木重吉の詩
「花がふってくると思う」300m/m×200m/m 貧しき信徒

かなしいのでもいい
よろこばしいのでもいい
こころはうごいておれよ
なまなましく
かんがえておれよ 八木重吉 詩
「聖書」詩抄 200m/m×300m/m み名を呼ぶ より 重吉詩稿 八木重吉 詩 村上翔雲 書


