こんにちは。
お元気でいらっしゃいますか。
近くの山も紅葉が進んできました。陽が落ちて辺りが暗くなり始める頃には、時折鹿の声が聞こえて参ります。
ずっと行ってみたくて 行けなくて。
今日は、滋賀県大津市立長等(ながら)創作展示館・三橋節子美術館へ伺ったお話です。
また長くなって申し訳ありませんが、よろしくおつきあいください。
こちらには、画家 三橋節子(みつはしせつこ)さんの人生の結晶のような作品が展示されています。
33歳で 鎖骨腫瘍のために 利き腕の右腕を失いながら、35歳で亡くなる間際まで描き続けた画家。
三橋節子さんの絵の花は、いつまでも心に残る野の花です。
池畔 ワレモコウ、ドクゼリ、スズメノエンドウ、ヤブジラミ、ナズナ、竹、ハゼの木。 照り映える竹とドクゼリの輝き、控えめに描かれたハゼの紅葉や 白く儚い下草が美しい。(今回書きました植物の名前は、すべて三橋節子美術館からいただいたプリントからお借りしております。絵は、絵本の表紙以外は絵葉書です。)
おきな草の星 今年の仕事は終わったと、空へ帰るように飛ぶ うずしゅげ(オキナグサ)の銀毛。宮沢賢治の物語から。
よだかの星 醜い姿なのに 鷹という名前をつけて。名前を変えろ、つかみ殺すぞと、タカになじられて、夜空をひたすら上へ向かって必死に飛ぶ よだか。
三橋節子さんは、野の花や湖の伝説を題材にした作品を多く描いておられると聞き、美術館に伺う前日に 余呉湖へ行ってみました。
宮沢賢治の物語や伝説の場面に そっと寄り添うのは、湖の傍に咲いている花。
余呉湖は、大きな琵琶湖の北にひっそりと在りました。
岸に近く湖面に菱の葉がびっしりと浮かんでいました。歩くと、蛙が次々と飛び込んでいきます。ひとりぼっちは嫌なのに、ひとりでいる開放感が楽しくて。贅沢やなぁと思います… たまにはいいですね。
空へ帰っていく天女をいくつか描いておられる作品を ここには載せられないのですが、節子さんの絶筆「羽衣伝説」余呉の天女の物語が伝えられる地は、空気のきれいな長閑で心地よい場所でした。
美術館にお話を戻しまして。
鬼子母
鬼子母には、千人の子どもがいて 大事に育てていたそうです。 青い鬼の顔。
鬼子母は人間の子どもを取って食べるので、お釈迦さまが 鬼子母の末っ子を隠されました。
嘆いて探しまわる鬼子母。お釈迦さまに どの親にとっても子どもは大事な存在であることを諭されて、
鬼子母は 子どもを守る鬼子母神になりました。
ザクロの実は 人の代わりに食べるようにと、お釈迦さまからいただいたのだそうです。
三井の晩鐘
人と連れ添った龍の娘が、子どもを産んで湖へ帰る時に これを舐めさせるようにと、自らの片目をくり抜き渡して去ります。
子どもが舐め尽くして目がなくなると、龍は もう一つの目を渡そうとやって来ました。物語だけれど、あまりに壮絶な生き方… 目を閉じた優しい顔の女性。
もう子どもを見ることができなくなったので、今日も元気で過ごせたことを 夕方になったら、三井寺の鐘を鳴らせて知らせてほしいと頼むのでした。
母子像
色遣いの独特の翳り。遠くへ向かって緩やかに弧を描く一本道や淡い肌、花の色をつくり出すのは、胡粉の白でしょうか。
心の深淵を見るような 重ねられた岩絵具の色の作品を観ていますと、次第にその世界に惹き込まれていきます。
花折峠。
気立ての良い花売りの娘を、もうひとりの花売り娘が、町からの帰りに 雨で増水した川に突き落としました。
荒れて流れる黒い川に落ちる娘を助けようと身を差し出して、四季に咲く野の花たちは折れていきます。
顔の方に、ノリウツギ、ヒメムカシヨモギ、クサマオ。画面左から、ヤマジノギク、ミズギボウシ、ナデシコ、ニガナ、カスミソウ、ウマノアシガタ、ノコギリソウ、クズ、ワレモコウ、ササユリ、ホタルブクロ、キキョウ、オミナエシ、ゲンノショウコ、ヨメナ、ハルジオン、カタクリ、ツリガネニンジン、オキナグサ、カタバミ。(私の撮り方が悪くてすみません。本当の絵は、圧倒されそうな見事な作品でした)
23種もの花は、幽玄に咲く淡く可憐な植物図鑑。ひとつひとつの花が丁寧に繊細に描かれていて、精緻な細工のように美しく感じます。
流されていく娘は、微笑みを湛えた 素朴で穏やかな表情です。
左上に、売り花の残りが乗ったかごを頭に 小さく描かれている人物は、妬みから突き落とした方の娘でしょうか。
画集にこの作品の下絵がありました。下絵の左上には、めいめい頭にかごを載せたふたりの娘。笑顔の娘の隣に無表情の娘が並んでいました。
出来上がった作品のその場所には、娘が一人だけ小さく描かれています。
目尻が上がった顔立ちですが口元は微笑んでいて、心底からの意地の悪さは伝わって来ないようにも見えます。
突き落とした方の娘が村に戻ると、
ここにいないはずの 川に流された娘が 先に帰っていて、何事もなかったかのように 温かい晩ごはんを作って待っていてくれました。
穏やかな絵。清らかな心を信じられる世界。
画集に 短く書かれたご主人の解説を拝見して、節子さんは 転移した肺がんのために激しい咳をしながら この100号の大作を描かれたと知りました。
ガラスのショーケースには、節子さんから まだ幼かったお子さんの 草麻生くん、なずなちゃんに宛てて亡くなる前に書かれた手紙がありました。(写真は 画集よりお借りしたものです)
「さよならさんかく またきて しかく」 「なーなーは、こたつでまるくなっているのか おにわをかけまわるほうか、どっちかな」
その横に、結婚されたばかりの頃にご主人に宛てたカードが飾られていました。
三橋節子さんの作品の印象とは がらりと異なるモダンな絵と言葉が、白いカードにペンでサラサラっと書かれています。
おふたりの幸せな様子が瑞々しく伝わって参りました。
雷の落ちない村 絵本
仕上げまで 絵があと6枚足りないまま、節子さんが亡くなり、お話は 筋書きだけが残された物語は、
そこから ご主人が仕上げられた白黒の絵のページと、方言の文章が楽しい絵本でした。
節子さんの描かれた絵のページと、ご主人が描かれたページは、お互いに引き立て合うようです。
草麻生くんが 村の人たちと力を合わせて立ち向かう雷獣との戦いのお話が 生き生きと繰り広げられます。
裏表紙は、物語に出てくる人物や生き物を 節子さんが、左手で作られたテラコッタの作品です。
テラコッタの底には、タイトルの文字が ひと文字ずつ彫られた はんこになっています。
とどまることのない病気のひどい酷い苦しみと、大切なご家族との別れ。かけがえのない人生との別れ。
祈りのような 生きた証し。限られた時間を作品に昇華させて。
日々 節子さんの心に咲き続けた花々を、私は観せていただいたのだなと思いました。
「感動しました。ありがとうございました。」伺ってよかった。ご挨拶をして失礼しようとしました。
すると、外まで出られて挨拶をしてくださった係の方 (ごめんなさい。ちゃんとお名前を伺えばよかったのに 失礼しました) が、
「節子さんのご主人が住んでおられる家がありますので、見て行かれませんか。」とおっしゃいます。
美術館の少し下に、土壁が印象的な落ち着いた佇まいのお宅でした。お留守でしたが、写真を撮らせていただきました。
後ろの竹藪から伸びてきて、床からタケノコが出てきた、取ってくれと、時々 ご主人から頼まれるというお話に笑ってしまいました。
更に、右腕を手術で切断した後、左手で最初に描かれたほど節子さんがお好きだった 菩提樹の木も見せていただきました。
近松寺の前に。
丁度 葉蔭に小さな種が眺められる時期でした。
ヘリコプターの羽根のようにくるくると回って飛ぶのだそうです。飛ばして見せてくださいました。「種がぶら下がっているのは葉じゃないんですよ。」なるほど、菩提樹の緑の葉は丸い形をしていますね。
いただいた細長い葉のような苞に ふたつずつ下がっている種は、どちらもひとつ 取れてしまいました
こがらしの詩 この作品には、一番下に種のついた菩提樹の苞の枝が描かれています。
上から ユウギリソウ、ノリウツギ、ボダイジュ。花瓶に挿してあるのは、カヤツリグサ、コバンソウ とのことです。
平日のお昼で 比較的空いていた時間とは言え、お忙しい中、いち来場者の私に 本当にご親切にしていただきました。 お話をお聞きして、三橋節子さんに より親しみを感じるようになりました。
長等創作展示館・三橋節子美術館の皆さま ありがとうございました。
後日、美術館の方に教えていただいて 絵葉書や画集の中の手紙などのブログへの使用を ご主人さまの
鈴木靖将先生にお願いしました折には、快く許可をいただきましたことを 感謝申し上げます。
ありがとうございました。
心に残る旅でした。
ちょっと寄り道です。
前日に 余呉湖へ行って、琵琶湖の東側を JRで1時間半ほどかけて大津駅に戻る途中、草津駅で途中下車しました。
近鉄百貨店のクラブハリエさんのイートイン。お目当ての人気のバームクーヘンは、お店でいただくのはないようでしたので、少し贅沢をして「至福 × ぶどう」を選んでみました。
ふんわりとした柑橘の香りも爽やかな 角のない優しいお味のアールグレイでほっとひと息。
新鮮なぶどう、皮のシャリシャリとした食感も楽しく(皮をむいてあるぶどうもありました🍇) 中のスポンジととろけるジュレ、柔らかい(多分)葛も忍ばせてあり美味しかったです。
晴れ☀ クラブハリエ バームクーヘン - makkosan70’s diary
Pちゃんさん、まっこさん、お断りなくコールして ごめんなさい。
おふたりの クラブハリエさん (和菓子のたねやさんですね) のバームクーヘンのご紹介が忘れられなくて行ってみました。後で、取り寄せました。少し温めていただくと、ふくよかな卵の香りに ふんわりとした食感が増してしあわせな気分になりました🌿
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もうひとつだけ いいでしょうか。
ブログを書いていて、本当にいろんな方にお世話になっています。そのおひとり、
Momさん (ママちゃんさん) が、父の書を、ブログと動画につくってくださいました。
ママちゃんさんのブログや動画からは、いつも元気と優しい気持ちをいただいています。
父の作品だからと 何度も打ち合わせをしてくださり、じっくりと丁寧につくってくださいました。
ママちゃんさんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
「読みにくい日本語で…」と書いていらっしゃいますが、そんなことは決してありません。熱いハートが しっかりと伝わって参ります。
ブログの最後の ママちゃんさんの言葉。 Pray for Peace in our world. 私も祈ります。
ママちゃんさん 遅くなって申し訳ありません。
皆さま どうぞご高覧くださいますようお願いいたします。
長くなりました。
今日も最後までおつきあいくださいましてありがとうございました。
「いきどおりながらも美しいわたしであろうよ
哭きながら
哭きながら
うつくしいわたしであろうよ 八木重吉 詩」
(29×46cm) 欠題詩群・ある時 八木重吉 詩 村上翔雲 書
「骸骨が海を裂く
鋤が土を裂く
それでぼくらも裂く
それでぼくらは何を裂く」
(176×89㎝) 能登・歌より
安水稔和 詩 村上翔雲 書 以上2点とも 明石市立文化博物館 所蔵
安水稔和先生のご逝去を 10月になって神戸新聞の記事で知りました。
兵庫県を代表する現代詩の先生です。父が作品制作の折にお世話になりました。
心からご冥福をお祈りいたします。